感染者の不安と苦悩

自分自身が新型コロナウイルス陽性だとわかったとき、多くの人が最初に心配したのは、自分のからだや生命の危険ということよりも、ウイルスを周囲の誰かにうつしていないだろうか、ということでした。実際に感染させていなくても、濃厚接触者になった人は行動が制限されるので、「迷惑をかけてしまった」と心苦しく思う人も少なくありません。人を介して広がっていくことから、感染の媒介となった「人」に責任があるように、周囲も本人も考えがちですが、どんなに注意していても100%感染を防ぐことはできません。一方、周囲の「明日は我が身ですから」といった言葉掛けが、感染者の苦悩を和らげることもあるのです。

家庭内感染の不安

多くの場合発症してからPCR検査を受けて正式にコロナ感染が判明するまでに数日かかります。そのため、次の女性のように、同居家族がいる人は、その数日間に「濃厚接触」した家族にうつしてしまったのではないか、と心配していました。

高齢者が感染すると重症化するリスクが高いため、親世代と頻繁に行き来がある場合は、同居していなくても心配になるようです。幼い息子が保育園で感染したという女性は、近所に住む子どもの祖父母に連絡して、数日間は注意して健康観察をするように伝えたと話しています。

次の新聞記者の女性は、当初、発熱がなかったため医療機関で「コロナではないだろう」と言われながらも、中国・武漢市で罹患した人たちへの取材経験から、味覚障害を発症した自分はコロナに違いないと強く確信して、家族内感染が起きないよう最大限の努力を払ったことを話しています。

このように、症状がそれほど重くなかった人たちは自分の生命の危険よりは身近な人を感染させることに不安を感じていましたが、中にはそうしたストレスからパニック障害の発作を起こしてしまった人もいました。父親がコロナで入院し、味覚障害の出ていた自分も入院を勧められたという次の女性は、残された認知症の母親と小学生の子どもたちが心配でひとまず帰宅した後に、PCR検査の結果が陽性だとの連絡を受けました。これまでにも過呼吸を経験したことがあった女性ですが、幾重にも重なるストレスに再び過呼吸になり、「過呼吸で死ぬことはない」と知っていたにもかかわらず、コロナに感染しているという事実からこのまま呼吸が止まってしまうのではないかという強い恐怖を感じて救急車を呼びました。

職場内感染の不安

多くの人が職場や仕事関係で接触する人たちへの感染を心配していました。発熱などの症状がある場合は出勤を控えるように指示している職場が多いので、体調不良に気づきながら仕事を続けていた人はいませんでしたが、それでも潜伏期間中にうつしてしまっているのではないか、という不安はぬぐえないようです。

特に高齢者や障害者など重症化のリスクが高い人との接触が多い、介護の仕事をしている人は、自分が担当して濃厚接触者となった利用者さんたちが全員陰性だとわかるまでは「祈るような気持ち」だったと話しています。

職業柄「感染者を責めてはいけない」ということを頭では理解しているという新聞記者の男性も、自分が感染したことで職場で感染者が出たらこれまでどおりの態度で接してもらえるのだろうか、という不安を抱いていたと話しています。同様に自分も自分にうつした相手に対しては平常心ではいられないかもしれないので、わからなかったのは幸せだとも話していました。

周囲のあらゆる人への感染の不安

家庭や職場など一定時間、同じ空間で過ごすことが多いところでの感染ばかりでなく、短時間であっても発症の前後にたまたま接触した人に対しても感染させてしまうのではないか、という不安を感じた人もいました。例えば、体調が悪くて医療機関を受診するのにタクシーを使わざるを得ない場合、もしコロナだったら自分はマスクをしていても運転手さんにうつしてしまうのではないかと懸念した人がいましたし、入院中に感染のリスクを負いながら非常に近い距離でケアをしてくれる医療者のことが心配だったと語る人は複数いました。

次の女性は、コロナの疑いがあるときに交通機関を使って感染を広げるリスクを避けられることにメリットを感じて、感染が広がり始めた時点で、夜間往診サービスに登録していたといいます。

退院後の感染の不安

コロナウイルスは、発症前や症状が出始めた直後までは強い感染力を持ちますが、発熱やせきなどの症状が出現した後は急速に感染力が落ちるという特徴があります。したがって、2022年3月現在の基準では、退院時(あるいは隔離解除時)には自由に外出もできますし、職場にも復帰できることになっています。

しかし、そのことは感染拡大の初期にはまだ知られていませんでしたので、当初の感染者の退院基準や就業制限の解除の基準は今(2022年3月現在)とはかなり違っていて、退院後も自宅で健康観察することが求められ、その期間についても自治体によって基準が違っていることもありました。そのため次の男性は療養施設を出ていいと言われても、まだウイルスが体内に残っていて家族にうつしてしまうのではないかという不安から、すぐには自宅に戻らず、戻ってからもベランダで寝泊まりしたりしていたといいます。

第3波の頃になると退院にあたってのPCR検査は原則不要となり、「発症から10日以上経って症状が軽快して72時間以上経過」していれば隔離解除される*ようになりました(2022年3月現在も同じ)。しかし、逆にPCR検査陰性を確認していないことで、周囲も本人も本当に感染力がなくなっているのかがわからずに不安になるという状況が生まれました。*(「退院基準に関するQ&A(2020年8月21日版)」Q17・18参照)

音楽教室でバイオリンを教えているという女性は、生徒に不安を与えないように、そして自分も安心していられるように、自費でPCR検査を受けたことを話しています。

実のところPCR検査は感染力がないウイルスの残骸に対しても陽性反応が出てしまうので、感染力がないにも関わらずいつまでも陰性にならない人も出てきてしまいます。そのため、PCR検査は退院基準から外されているのですが、そうしたことはあまり広く知られていないのが実情です。2022年3月現在、PCR検査の結果にかかわらず、「発症日から10日間経過すれば既に感染性はなく、日常生活や仕事への復帰が可能」であるというのが、WHO(世界保健機関)や日本の厚生労働省の見解です。

周囲の人に与える社会的不利益の心配

さらに多くの人が語っていたことに、実際に相手を感染させてしまうこととは別に、濃厚接触者とされた人が健康観察のために自宅待機を余儀なくされるなど、社会的不利益を被ることに対する申し訳なさがあります。

第5波の到来までは、濃厚接触者に対して多くの自治体では初期スクリーニング(PCR検査)と健康観察を実施していました。当時はPCR検査の結果が陰性となった場合であっても、患者との最終接触日の翌日から14日間は健康観察期間として、1日2回体温測定をして体調の変化に注意し、不要不急の外出を控えるよう要請されていました。そのため職場の同僚が自宅待機になったり、介護サービスの利用者が外出できなくなったりしたことについて、「迷惑をかけてしまった」と語る人たちがいました。たまたま発症直前に歯科医院を受診した人も、自分が受診したことで診療に影響が出ることを心苦しく感じていました。
(第5波、第6波のピーク時には保健所や医療機関のひっ迫のため、濃厚接触者の追跡やPCR検査を行わない自治体も出てきました。また、第6波のオミクロン株の感染拡大の時期に、健康観察期間は陽性者と最後に接触してから7日間に短縮されました。詳しくはR4.2.2事務連絡「新型コロナウイルス感染症の感染急拡大が確認された場合の対応について」(厚生労働省)参照。)

また、濃厚接触者としてPCR検査を受けた場合は、検査は保険適用となり、自己負担分も公費の適用となりますが、受診の際の初診料は自治体によって公費適用がなく自己負担が発生することがあります。次の男性は自分の部下8名が濃厚接触者とされ、出社停止になり、PCR検査のための初診料が3割負担になったことを心苦しく思い、費用の負担を申し出たと言います。それに対して部下からは「明日は我が身なので、かかってしまった人からもらうわけにはいかない」という反応があったそうです。

誰かを感染させてしまったときの思い

中には実際に身近な誰かが感染してしまった経験をした方もいます。それが自分からの感染かどうか確実なことが言えない場合もありますが、それでもやはり責任を感じたり、周りから責任を問われたりすることがあります。
 次の男性は感染が判明して自宅療養を始めた数日後に妻が発熱して、自分からうつったのはほぼ間違いないことから、申し訳ないと思ったことを語っています。

父親、母親、次男の3人が感染したという女性は、父親と母親については必ずしも自分からの感染ではないかもしれないのに、「娘にうつされたんだね」という言い方をされて傷ついたそうです。しかし、息子については間違いなく自分からうつったので二度と同じようなことが起きないよう、1年近く外出を最小限に控えていたと話していました。

2021年9月公開/2022年3月更新

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧

ページの先頭へ