経済的負担と公的な経済支援制度

認知症になるとどんな経済的負担があるのでしょうか。一つにはそれまで働いて収入を得ていた人が認知症のため、あるいは認知症の人を介護するために、働けなくなって収入が減ってしまうということがあります。加えて、介護や治療のための支出が増えるということがあります。ここではインタビューに協力した人々が、どのような経済的負担を経験し、それに対してどのような社会資源を活用して対処したか、という語りを紹介します。

収入の減少と年金・生活保護

認知症で働けなくなっても、年金受給年齢に達している人であれば、老齢年金と介護保険の両方を使って、生活を支えていくことができます。そのため高齢の認知症の人については、病気になったことで急に経済的に困窮することはあまり多くないようです。しかし、若年性認知症で一家の大黒柱が働けなくなった場合はどうなるでしょうか。
健康保険(会社の健康保険組合や全国健康保険協会(協会けんぽ))の加入者であれば、病気で休職することになった場合、最大1年半の間は傷病手当を得ることができます。しかし、その期間も過ぎて退職せざるを得ない場合は収入が絶たれてしまうので、障害年金を申請するという方法があります。私たちのインタビューでも、休職中は傷病手当を受け取り、その後障害年金に切り替えたという人がいました。

すでに60歳を過ぎている人であれば、本来65歳から支給される老齢年金の繰り上げ支給を請求することができます。私たちのインタビューでも両親が繰り上げ支給を受けていたという家族がいましたが、繰上げ支給の請求をした時点に応じて年金が減額されるため、症状が進んで介護の負担が増えて来たときに、経済的に厳しい状況に追い込まれてしまったと話していました。

国民年金の保険料納付要件を満たしている若年性認知症の人は、一般的には老齢年金の繰り上げ給付を受けるより、障害年金の給付を受けた方がいいのですが、家族も仕事をしていると、なかなか年金事務所で受給額を算出してもらうなどの手続きをとることができません。そんなときに、本人や家族に代わって手続きをしてくれる人がいたらいいのに、と話す家族もいました。

さらに老齢年金や障害年金だけでも生活できない場合は、生活保護を受給することになります。インタビューに協力した若年性認知症本人のうち男性2名が生活保護を受けていました。1人は、そのことを国に借金しているようなものだと思い、強い引け目を感じていました。

一方、非常に生活が困窮している場合でも、持ち家があったり、家族の中に働ける人がいたりする場合、現実には介護のために働く余裕がなくても、生活保護を受けることができないことがあり、先の介護離職した女性(インタビュー家族30)は、そのような制度には問題があるのではないかと話していました。

介護や医療の費用負担と障害者総合支援制度

認知症で介護が必要になってくると、介護サービスを受けるためのお金がかかりますが、これは主に介護保険で賄われます(詳しくは「介護サービスの利用」のトピックを参照)。ただ、介護保険を使って1割(65歳以上の場合は所得額に応じて1~3割)の自己負担で利用できるサービスの額には限度があり、利用限度額は要介護度によって変わってきます。(ただし、利用者の自己負担額には所得水準に合わせて上限が設けられており、高額介護サービス費や高額医療・高額介護合算療養費として払い戻されます)。認知症が進んで必要な介護サービスが増えた場合、利用限度額を超えた分は10割自己負担となり、高額になりますので、要介護度の再認定を検討するなど、ケアマネジャーと相談する必要があります。

また、民間の有料老人ホームなどで、介護保険を使わないショートステイを受け入れているところもありますが、全額自費になるので負担は大きくなります。近くににあるのは民間施設ばかりだという次の男性は、自分の体調が悪い時もショートステイの利用を控えていたと話していました。

経済的負担を軽減するために、障害者自立支援法*に基づくサービスや援助を利用している人もいます。この制度を活用すると、入浴・排泄・食事の介護や外出の際の移動支援などのサービスを受けることができるほか、「自立支援医療(精神通院医療)」の受給手続きをすれば、精神科通院医療費が原則1割負担で済むようになります。さらに自治体によっては、精神科に限らずすべての医療費の支払額に上限を設けて、それ以上払った場合に払い戻しを受けられる、老人医療費助成制度や重度障害者医療費助成制度を設けているところもあります。

*平成25年4月から「障害者自立支援法」は「障害者の日常生活及び社会生活を総合的 に支援するための法律(障害者総合支援法)」となりました。

障害者総合支援制度のサービスを受けるには、市区町村に申し込んで障害程度区分を認定してもらう必要があります。障害者手帳(正式には精神障害者福祉保健手帳)があると手続きが簡略になりますが、手帳を持っているだけで障害者総合支援制度のサービスが受けられるわけではないので、素人にはわかりにくいと話している人がいました。また、障害認定には精神障害・身体障害・知的障害・難病の4種があり、認知症の人は精神障害に認定されますが、このことに抵抗感を持つ人は少なくありません。

なお、障害者総合支援法の「障害に関わる自立支援医療」を受けるために、必ずしも障害者手帳を取得することが条件になってはいませんが、手帳を持つことによって、公共交通機関の利用料金が割引になったり、所得税や相続税などが減免されたりすることがあります。同じ障害者手帳でも、精神障害では身体障害に比べて高い等級の認定を受けないと支援が得られないということがあり、認知症も身体障害として認定される方がありがたいと話す人もいました。但し、医療費の助成は自治体によって制度が異なり、精神障害2級でも自己負担分が無料になる市町村もあります。

2021年7月更新

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