認知症の非薬物療法(本人や家族によるものを含む)

現在、認知症の治療には薬物療法のほかに「非薬物療法」と総称されるさまざまな取り組みがあります。たとえば、認知症疾患診療ガイドライン2017 (P.67−70)では、認知機能訓練、認知刺激、運動療法、回想法、音楽療法、日常生活動作activities of daily life(ADL)訓練などが非薬物療法として紹介されています。これらは認知機能障害の進行を遅らせたり、不穏、ひとり歩き、妄想などの行動心理症状(BPSD)を抑えたり、それらの症状による生活上の不都合を緩和したりすることにも効果が期待され、生活の質を改善し、認知症の人がその人らしく暮らせるように支援するという意味があります。さらに認知症の人に対するケアの手法として、パーソンセンタードケアやバリデーション療法など、いろいろな提言や工夫も加わり、薬物療法だけでなく、非薬物療法の重要性は、近年ますます認識されるようになりました。

私たちのインタビューでは、直接専門家の指導を受けながら行なうような非薬物療法を受けている人は少なくて、体験談の多くは家族が情報を収集して自宅で行なっているものについてでした。中には実際に療法を受ける本人と受けさせようとする専門家や家族介護者の間に気持ちのずれが生じてしまって、期待したような効果が得られなかったケースもありました。

 

専門家が行なう非薬物療法

専門家が行なう非薬物療法の中には、介護施設入所者に対して行われるものと、通所・通院で行なわれるものがあります。精神科を標榜する医療機関で「精神科作業療法」として医療保険の枠組みで行なわれるものと、デイケア(通所リハビリ)等で介護保険の枠組みで行なわれる「認知症短期集中リハビリテーション」があります。保険適応になる療法には医師の処方や指示が必要となりますが、専門家が行なう非薬物療法の中にも、音楽療法など保険が適応になっていないものもあります。

若年性認知症の妻を介護する男性は、病院の臨床心理士が行なう脳の機能回復訓練(「認知症リハビリテ―ション」)が妻にとってストレスになってしまったことについて話しています(「病院にかかる」のインタビュー家族04もご覧ください)。

同じく若年性認知症の妻を介護する別の男性は、認知症の交流会で音楽療法のことを聞き、3ヵ月ほど前から通い始めたところ、妻も自分も元気が出るようになったと話しています。認知症に対する音楽療法は介護施設などで集団を対象として行なわれることが多いのですが、男性の妻が通っているのは大きな病院の神経内科で行なわれている個別療法でした。本来は自由診療ですが、認知症に対する音楽療法の効果を調べる臨床研究に参加していたので、再診料だけで済んでいたそうです。

認知症リハビリをやりたがらなかった女性も、以前からボランティアでやっていた絵本の読み聞かせについて は、子どもたちの反応が嬉しくて、頑張って練習するそうで、本人が楽しめることややりたい気持ちになれることは、継続につながるようです。

 

本人・家族が行うリハビリテーション

インタビューでは専門家が直接行なう療法の他に、多くの患者さんや家族が医師や専門家のアドバイスをもとに、自分たちでも工夫したりして、様々なリハビリに挑戦していました。初期の認知症の患者さんでは、芸術・音楽療法やペット療法、水泳・ウォーキング・リズム体操などの運動療法、折り紙や編み物などの手作業、園芸療法などを、認知機能の維持だけでなく、日常の楽しみやストレス発散法として取り入れていました。一方、仲間の相談に乗ることも、認知機能活性化に役立っていることに気づいたという当事者の方もいました。

また、病気が進行するにつれ、筋肉の動きが硬くなり、動作が緩慢になりがちなのが、プール通いを続けることで筋肉の衰えを防止できている、と感じている介護者もいました。なお、運動療法が認知症に及ぼす効果の大きさは、研究によってかなり結果が異なる場合もありますが、アルツハイマー型認知症の人の身体機能や日常生活動作(ADL)の憎悪を軽減したり、認知機能の低下をより穏やかにする可能性が示唆されています認知症疾患治療ガイドライン2017 (P.231))。

認知症と診断を受ける2、3年前に糖尿病の診断を受けていた男性は、認知症になってから、毎日の目標歩数を決めて歩くようにするなど、生活習慣の改善に努めていると話してくれました。この男性にとっては、自ら目標を決めて生活することが意欲や希望を失わずに病いと向き合っていく手立てとなっているようです。

多くの人が挑戦して、あまりうまく行かなかったのが、いわゆる認知症予防のための「脳トレーニング」や「大人のドリル」の類です。家族は少しでも認知機能の低下を遅らせたいと思って、こうした脳トレの類を本人に勧めるのですが、これらは本来、認知機能がまだそれほど低下していない人が、自ら進んでやるためのものですので、本人が望まないのに周囲の人間が無理やりやらせても効果は期待できないどころか、むしろ逆に本人の不安を強くさせ、不穏や暴力などの周辺症状を悪化させる恐れもあります。

高齢のアルツハイマー型認知症の女性は、認知症の進行を抑えるために娘さんと一緒に曼荼羅ぬり絵をやったり、デイサービスの仲間とともに一日の食事内容の記録をつけたりしています。これらについては「一緒にやる」のが楽しいようですが、そうではなく無理やり頭を使って勉強しようとすると、頭が疲れて拒絶反応が出ると話しています。

また、認知症は進行する病気ですので、本人が進んでやっていたドリルやトレーニングでも、以前にはできていたものが次第にできなくなっていくことがあります。そうなると否応なしに病気の悪化を本人に自覚させることになってしまいますので、できなくなってしまったときは無理に続けないでやめるようにした、と話している人もいました。

このように、認知機能の低下を抑制するといわれているリハビリテーションであっても、本人が楽しみや意欲を感じる気持ちのやりとりがそこになければ、それらを実施する意味は失われているといえます。

一方、こうした認知機能の向上を直接的な目標とするリハビリテーションではなく、本人の感情に働きかけて精神の安定を図るものとして、回想法やバリデーション療法があります。回想法は、本人が覚えている昔の楽しかった記憶をたどって思い出話をすることで、認知機能の障害から来る不安や混乱を防いで、介護者とのコミュニケーションの円滑化を図ろうとするものです。ボランティア活動の中で回想法を学んだことがある、という女性は、それを自分でやろうと思っても夫がついてこないと話していました。

若年性レビー小体型認知症の女性は、日々の生活の中での認知機能の変動や自律神経症状の出現を抑えるために、漢方や鍼灸などの代替療法を取り入れたり、けん玉で脳の血流をよくしたり、と様々な工夫をしています。

海外では、認知症カフェなどへの参加を通じて、「自分以外の当事者である「仲間」同士のつながりを持つことが、生活の問題に対処し、病気とともに生活していく気持ちを維持する上で非常に有効である」とする報告が出ています(認知症疾患診療ガイドライン2017 P.54-56)。 次の女性は認知症当事者の立場から市の運営するオレンジカフェでスタッフの一員として認知症本人の支援にあたっていますが(認知症と向き合う本人の思い インタビュー本人13)、人の相談に乗ることが、自分の脳の活性化にも良い影響をもたらしていることが分かってきたと話しています。

 

BPSDに対する非薬物療法

ある程度病気が進行して来ると、本人が自発的にリハビリテ―ションをやることを期待するのが難しくなってきます。本人との意思疎通が難しくなってくると、本人の意思にそった適切な対応もまた難しくなり、環境やケアの影響を大きく受ける徘徊や不穏などが出現することがあります。それらの行動心理症状(BPSD)を抑えて快感情を高めたり気持ちを落ち着かせたりすることを目的として、アロマセラピー、マッサージ、サプリメント、玄米菜食の食事療法など、様々な療法が提案されています。

私たちのインタビューでも、そうした非薬物療法についての語りがありましたので、以下にご紹介します。経験的に効果があったという療法でも、他の認知症の方にも効くとは限らないこと、個人差が大きいことに十分注意する必要があります。

(※)カプグラ症候群についてはトピック「レビー小体型認知症に特徴的な症状」の中の「替え玉妄想」の項を参照

2021年7月更新

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