対応に困る言動:不穏・暴力・妄想

認知症が進行してくると、周囲の人から「問題行動」と受け止められるような行動や言動に出てくることがあります。これらは認知症に特有な行動・心理症状:BPSD(Behavioral Psychological Symptoms of Dementia)もしくは 「周辺症状」と呼ばれ、記憶障害や時間や空間を認知する機能の低下などの「中核症状」に、身体状態の悪化や、環境の変化、介護をする人との関係性 などが影響して出現すると考えられています。単に「問題行動」として否定的に受けとめるのではなく、本人からのメッセージと捉えて、症状や行動の背景にあるものを探ってみることも大事です。

脳の機能が障害されることにより、認知症の人が体感している世界は、実際の周囲の状況とは違ったものになってきます。不穏暴力妄想、失禁、不潔行為、徘徊などといった行動は、認知症の人の立場に立って見ると、目的に適った行動であったり、不適切なケアに対する当然の反応だったりするのです。ここでは周囲が対応に困ることの多い症状とそれに対する対処法についての介護家族の語りをご紹介します(徘徊に関しては「「徘徊」と呼ばれる行動」 を、失禁・不潔行為については「日常生活の障害:排泄・食事・睡眠など」 をご参照ください)。

一方、レビー小体型認知症の方にしばしばみられる幻視・幻聴なども、周囲の人には対応が難しい症状ですが、これらは行動・心理症状(BPSD)というより、それ自体が中核症状としての認知機能障害といえます。これらについては、「レビー小体型認知症に特徴的な症状」のページで認知症本人の語りも交えてご紹介します。

 

不穏・攻撃的な態度

認知機能に障害があると不安が生じ、周囲に対する警戒心が強まって、ちょっとしたことで怒り出したり、興奮して大声を出したり、暴れたりすることがあります。さらに認知症の人は、脳の中で好き・嫌い、快・不快といった感情と結び付く記憶をつかさどる「扁桃体」という部位が敏感に反応する、といった生理学的な要因もあります。私たちのインタビューでも、音がうるさいというだけで近所に怒鳴り込みに行く、外出先で急に怒り出す、といった認知症の人の変化に困惑した介護者の話が多く聞かれました。

しかし、多くの家族介護者が、よく考えるとこうした怒りの発作には何か理由がある、と考えていました。たとえば、記憶障害があって、人から言われたことや起こった出来事について覚えていられないために、本人にとってはつじつまの合わない不条理なことが起きているように感じられ、「そんなことは聞いていない」と怒り出したり、以前は無意識にこなしていた所作が出て来なくて不安になってしまったりすることがあります。

「かみさんがおらんとちょっと機嫌が悪い」、一人でいると「何かしらんけど、怒れてくる」と話す若年性認知症の男性の妻は、半日だけの外出でもデイで預かってもらうようにしていると話していました。記憶障害がある人は一人でいるときに心もとない気持ちになるのかもしれません。また、この男性も外食時にナイフとフォークでうまく食べられないことを気にして不機嫌になることがあるそうです。

若年性レビー小体型認知症の女性は、不安を抱えながら精一杯頑張っている本人の心が、周囲のちょっとした一言で折れてしまう瞬間について語っています。女性は味覚障害のため苦労して作った味噌汁を夫においしくないと言われて、つい声を荒げてしまったのですが、それとそっくりの話が「若年性認知症になると性格が変わる」という家族の証言としてネットに紹介されているのを見て、人からはそのような見方をされるのかと振り返っています。

 

暴力

認知症の人の不安や苛立ちが募ると、単なる怒りの感情の表出に留まらず、手や足が出てしまうこともあります。家族やデイサービスの利用者さんやヘルパーさんに暴力をふるうこともあり、特に若年性認知症の男性では力もあるので攻撃された側は命の危険を感じることすらあると言います。施設で「家に帰りたい」と立ち上がるのを制止する職員を振り払ったことを暴力とみなされ、精神科への入院を勧められたという人もいました(インタビュー介護者20プロフィール を参照)。

 

不穏や暴力に対する対応

こうした認知症の行動・心理症状(BPSD:Behavioral Psychological Symptoms of Dementia)はすべての場合に生じるものではなく、家族や介護スタッフなど周囲の人の対応の仕方にもよっても、症状の出方に違いが生じることがあります。中核症状が原因で起こす失敗や的外れな言動に対し、強い口調で否定したり、感情的な反応をしたりすると、行動・心理症状が急速に悪化するということが起こります。そのため「認知症の人を叱ってはいけない」とよく言われます。しかし、家族も急に性格が変わって乱暴になった認知症の人に、思わず感情的に反応してしまうため、そこで悪循環が生まれてしまうこともあるようです。ケアマネージャーとして働く次の女性は、もともと短気で怒りっぽい性格だった父親が暴力をふるったり、部屋の中で放尿したりするのを、当初母は「わざとしている」と捉えていて、その後認知症だとわかってもやさしく接することができなくなっていたと話しています。

こうした暴力行為や暴言は、一番身近で介護を行っている人(主介護者)に向けられることが多く、たまに訪れる家族や知人に対しては、穏やかで節度のある態度しかみせないため、周囲からはなかなか理解してもらえず、そのことが介護者の孤立感を強め、さらに苦しめることになります。周辺のひとは、そのような事情も飲み込んだ上で、アドバイスや支援を心がける必要があります。

認知症の人に不穏な状態を引き起こす原因は、人それぞれです。先に紹介した、片手でつかみかかってくるという50代の父親の場合は、食事へのこだわりが強く、時間通りに食事が用意されないとイライラしてしまうので、食事をヘルパーに任せることで落ち着きを取り戻すことができたと言います。デイサービスやショートステイを利用していると、介護家族は施設のスタッフから「不穏」や「暴力」がみられるという報告を受け、時には受け入れを拒否されることがあります。しかし、次の女性は、レビー小体型認知症の人の心理や神経の状態を正しく理解していれば、そうした不穏な反応を呼び起こさずに済むのではないかと話しています。

 

妄想

さらに不穏な態度や攻撃性の背景に何らかの妄想が潜んでいることもあります。私たちのインタビューでも、誰かが家の中に入ってきてお金を取って行ったとかというような「もの盗られ妄想」や、夫が不倫をしているといった「嫉妬妄想」の例が語られていました。「自分が旅行に出かけているうちに、母が弟に電話をして、自分が家のお金を全部持って逃げたと言った」ことが母を医療機関に連れて行くきっかけとなった人もいます(インタビュー介護者11 を参照)。