大学生活で得たこと
大学は、高校までとは違う様々な学びの場です。インタビューに答えた人には、大学で新たな知識や考え方など学問的な学びを得て、視野が広がったと話した人がいました。また、多様な人間関係を築いたり、様々な考えや人との出会いから自分自身について深く考え、成長したと話した人もいました。
学問的な学び(学ぶ楽しさ・印象的な授業や卒論)
大学は自由に学ぶことができる場で、自分自身で好きな授業を選択しながら、興味関心がある内容を掘り下げることができます。次の肢体不自由の男性は、大学で、自由に学ぶことのすばらしさを実感したという話をしていました。
通信制の大学で学んだ発達障害の男性は、様々な科目を学びながら、好奇心を大事にしたという話をしていました。
卒業論文は、大学での学びの集大成と位置づけられたり、関心あるテーマを掘り下げる機会にもなります。中には、自分自身の障害や障害のある人の生活について、卒業論文をまとめた人もいました。一つのことを調べて論文の形にまとめることは、自分自身と向き合いながら自分と社会について考える機会とも言えるかもしれません。
在学中に事故で車椅子になった男性は、自分と同じ脊髄損傷の人のことについて卒業論文を書いた話をしていました。
在学中にインタビューに答えた発達障害の男性は、この先の卒業論文で、自分にとっての障害や、自分がどのような人であるかを振り返ることをしたいと話していました。
聴覚障害の女性は、手話について自分なりに研究を行い、それを大学院のテーマにもつなげたという話をしていました。
障害とは関係なく、卒業論文で自分の興味関心を掘り下げた人もいます。卒業論文を書き上げることは、自分が面白いと感じることは何かを、じっくり考える機会になっていました。
次の肢体不自由の女性は、自分の中で面白さを感じた「若者言葉」の研究に取り組んだ経験を話していました。
次の内部障害の男性は、ノートテイクのサークル活動について調査や勉強会への参加をして、それを後輩に残すために、卒業論文として体系的にまとめた話をしていました。
一つのテーマについて、データを取ったり過去の文献を参照しながらまとめる論文執筆は大変な労力がかかります。次の肢体不自由の男性は、論文執筆の代筆などにとても苦労したという話をしていました。
視野の広がり
大学生活では、振り返ってみると、高校の時とは違う自由な学び方や人との出会いを通じて、視野がひろがったと話をした人が多くいました。
高校まで特別支援学校で過ごした盲ろうの男性と、重複障害の女性は、大学で健常者とともに過ごした体験について話をしていました。
大学で日本語について深く学んだ肢体不自由の女性は、大学では今まで知らなかったことに会って世界が広がり、自分自身が成長できたように感じたと話していました。
哲学専攻だった内部障害の女性は、大学の途中で体調不良になり、休学を繰り返しながら8年かけて卒業しました。その中で、病気になって哲学の本を読んだ時のことを次のように話しています。
人との出会い
大学では学内外の様々な人と出会い、人間関係を築く機会もあります。何人かの人は、大学時代の人との出会いについて話をしていました。
発達障害の男性は、学外の課外活動を通じて人と出会ったことで、自分自身を好きになったという話をしていました。
肢体不自由の男性は、大学は小中高では習わなかった社会全体のことを知る場で、仕事や対人関係についても深く考えることが出来たと言っています。
自分自身を知る
大学で様々な知識を深めたり、多様な考え方や多様な人との出会いを通じて、結果として、自分自身についての理解が深まったと話した人が複数いました。
次の内部障害の女性は、自分と違う考え方に出会って、自分が人と違う考えをするかもしれないと気づいたことや、“自分自身が分からない”ということが分かったという話をしていました。
次の肢体不自由の男性は、自分の障害に合わせて自分のペースで学ぶことによって、自分自身が、何が好きかを考えられたという話をしていました。
また、障害のある自分自身について考える機会を持ち、自分に必要なことを理解したと話した人もいました。次の聴覚障害の女性は、大学で初めて情報保障という考え方や、そこで何が必要かを知り、職場で必要なことについても学生時代に学んで卒業することができたと話していました。
2021年11月公開 2022年4月更新
認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
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大学では、知識を得る勉強という意味では不十分だったかもしれないが、なにより自由に学ぶことの素晴らしさや、多様であることの大切さを実感させてもらった
文化人類学や比較行動学など様々な科目を取りながら、多角的に自分のことも知ることが出来た。様々な知識や考え方に触れて、確実に人生が豊かになった
もともと災害時の看護に関心があり、卒業研究では自分と同じ脊髄損傷の人の災害時の不安や困難について取り組んだ。当事者でないと分からないことがあると思いながら進めた
これから取り組む卒業論文では、発達障害である自分のことを振り返ることをしたいと思っている。自分を理解することにつながるし、誰かのためになるかもしれないとも思う
当時は手話自体への評価がまだ認められていなかったが、学部生なりにろう教育の専門家が間違っているのではないかと考え研究をして、それが大学院進学につながった(手話)
文章で伝えることがすごく好きで、日本語の文章を使って人に伝えることが自分の好きなことにつながるかなと思い、卒業論文では「若者言葉」の研究に取り組んだ
卒業論文では「高等教育機関におけるノートテイクサークル」をテーマに、アンケートを行い、外のNPOにも出かけていってノウハウを学んだ(次のクリップに続く)
ゼミ論文は、まず本を読まなくてはいけないのが大変で、母親に手伝ってもらったが時間の制限もありなかなか進まなかった。代筆も、とても時間がかかった
大学では、健常者がどのような生活をしているのかということを知ることができた。例えばカラオケやゲームセンターに行くようなことも、実際体験することができた(手話)
病気になってから哲学の本を読んだ時、今まで読めなかった本が理解できるようになっていて驚いた。苦しい思いしてるからこそ芸術や哲学などが自分のものとして感じられた(NEW)
授業を通じて、自分は人と違う考え方をするのかなと気づかされた。また自分自身のことは簡単には分からないということが分かったというのも、4年間の大きな気づきだった
高校で普通校に行っていた時は、周りに合わせるので精一杯だった。大学では自分で時間を作って学ぶことで、自分が興味のあることや好きなことを自覚することが出来た
自分でノートテイクを利用しながら、大学のノートテイク活動の運営にも関わったことで、情報保障のノウハウなどを学び、職場に出てから必要なことなども持って卒業できた
