イメージとその変化

臨床試験・治験にかかわった方たちが最初に持っていた印象はさまざまです。ここでは臨床試験・治験に関わる以前にもっていた印象や、臨床試験・治験にかかわった経験がイメージの変化にもたらした影響についてのインタビューを紹介します(実際にかかわったあとの「感想」については「終了後の感想」をごらんください)。

重い病気の人が受けるものという思い込み

治験というのは、重症の人や難病の人が受けるものだと思っていた、という人が複数名いました。

治療の一環から「開発のための研究」という実感へ

臨床試験・治験は「モルモット」「実験台」になるという印象を持っている人たちがいる一方で、参加前は「自分のための新しい治療」という印象を持っていたという人たちもいました。臨床試験・治験は本来「研究」であって、自分の病気を治すための「治療」とは異なるのですが、医療機関でおこなわれることもあり、「新しい治療のひとつ」「治療の一環」というとらえる人もいます(「参加した理由」「臨床試験・治験特有の仕組み」参照)。しかしながら、臨床試験・治験に参加してそこで働く医療従事者とのかかわりやそのプロセスから、治験は新薬を作るために必要不可欠なステップであると具体的に理解することに至った人や、以前に参加した治験の薬の有効性が確立されなかったことを知って、それが「自分のための治療ではなく、薬を開発するためのもの」だったのだという認識になった人などがいました。

高額アルバイトという悪印象

臨床試験・治験は本来、お金のために参加すべきものではなく、新しい治療法や検査法の開発に貢献するためのボランティアですが、近年テレビの番組やインターネットのアルバイト情報サイトなどで、健常者を対象とする治験の第1相試験が手軽に高額の収入を得られる手段として取り上げられることがあり、それによってイメージが悪化していると話している人もいました。

次の人は、自分は第3相試験に参加したようですが、第1相試験が高額のアルバイトであるかのようにテレビで特集されたのを観て、第1相試験に対して良い印象を持てなくなった上に、世間的には「治験=高額アルバイト」という印象なのではないかと感じているようでした。

論文不正問題によるイメージの悪化

次の人は、ご自身が病気になった際に製薬会社のその病気についてわかりやすく書かれた情報に救われ、その製薬会社が実施する治験にも参加して良い印象を持ちましたが、その後の論文不正に関する報道が流れ、裏切られたような気持ちになったと話していました。

2016年11月公開