痛みの種類とメカニズム

ここでは、どのような痛みの種類があるか、痛みが慢性化するメカニズムについてどのようなことが考えられるかについて、インタビュー協力者の語りと合わせて、紹介していきます。

急性痛と慢性痛

そもそも痛みは、私たちの体に異常が起きていることを知らせる重要な感覚です。例えば、指をナイフで切ってしまったとき、皮膚や血管、皮下の組織が傷つきます。すぐさま末梢神経末端でその刺激を感知し(侵害刺激の受容)、一瞬のうちに神経線維を通じて脊髄から脳まで伝わり、痛みとして認識されます。これを急性痛といいます。この場合、痛みは症状の一つであり、通常は傷の治癒とともに痛みは和らぎます。

しかし、中には治癒したと考えられる期間を超えて、痛みが慢性化し持続することがあります。国際疼痛学会では、慢性の痛みとは「治癒に要すると予想される時間を超えて持続する痛み、あるいは進行性の非がん性疾患に関連する痛み」と定義されています。慢性の痛みは、痛みそのものが疾患と言え、体の危険を知らせる役割はなく、痛みが長引くことで日常生活を障害し、QOLの低下を招きます。

私たちのインタビューでも「傷が治ったら、痛みもなくなると思っていたのに、痛みはなくならなかった」という体験が数多く語られていました。

多くの急性疾患が数週間で治癒することから,受傷後1ヵ月も痛みが続いていれば,急性痛が慢性化したと考えるのが妥当ですが、現在は3ヵ月以上持続するものを慢性の痛みと考えることが多いようです(慢性疼痛治療ガイドライン,2018)。インタビューに答えた方々の多くは10年以上の痛みを体験していました。

痛みが生じるメカニズムによる分類

多くの場合、痛みは複合的な要因で生じており(混合性疼痛)、同じ診断名でも痛みの感じ方はそれぞれです。診断されている病気以外の別の要因も重なり、現在の痛みが生じている可能性もあります。慢性の痛みを明確に分類することは難しいのですが、ここでは痛みが生じるメカニズムごとに特徴的だと思われる語りをいくつか紹介します。

通常、痛みが生じるメカニズムによって3つに大別されています。なかなかよくならない頚椎症の痛みを経験した医師が、痛みの種類について話しています。

メカニズムによる分類の1つ目は、切り傷、打撲、炎症等による組織の損傷から引き起こされる痛みで、「侵害受容性疼痛」といいます。炎症から痛みが生じる関節リウマチの女性と子宮内膜症を患う女性は、さまざまな要因が絡んで慢性化した痛みについて以下のように話していました。

2つ目は、脊髄損傷や帯状疱疹後の神経痛など神経そのものの遮断や損傷からくる痛みで、「神経障害性疼痛」といいます。インタビュイーは「痛みが走る」、「ジリジリ痛い」、「火傷のような」、「ヒリヒリする」、「電気が走る」、「ガラスの上をザクザク歩く」というような様々な表現をしていました。

3つ目は、痛みの原因となり得る明らかな組織損傷や神経損傷等の異常が見つからない痛みで、「中枢機能障害性疼痛(心理社会的疼痛)」といいます。これまでは、器質的な異常が見つからない場合、心理的なことが原因(心因性疼痛)と考えられていましたが、近年脳内のネットワークや脳内活動の機能的な変化が生じていることが徐々に解明されてきました。脳自体で感じる痛みと説明することもできます。慢性頭痛、慢性腰痛の一部、線維筋痛症などがここに分類されます。線維筋痛症を患う女性がストレスと痛みの関係について話していました。

多くの場合、痛みは一つの要因に起因せず、複数の要因が複雑に絡み合って生じるものです。そして、どのような場合においても心理・社会的な要因の影響を受けるものであり、特に慢性化という時間の経過に伴い、その関与が大きくなると考えられています。

整形外科・麻酔科等のほか、内科・精神科・婦人科・リハビリテーション科など複数の診療科が協力し、薬物療法・物理療法・心理行動療法など様々なアプローチが試みられるのも、集学的治療が必要なのも、このような理由からと言われています。

痛みが慢性化するメカニズム

痛みが慢性化する仕組みの詳細はまだよく分かっていませんが、組織損傷によって引き起こされた炎症や免疫反応が続くだけでなく、痛みを伝え、感じる末梢神経・中枢神経系にも機能的・構造的な変化を生じている可能性が考えられます。

国から助成を受けて作られた慢性の痛み対策ホームページでは、「慢性痛とは組織の傷害によって起こる急性痛とは異なり、強く持続的な痛み入力やニューロパシーによって引き起こされる、痛み神経回路の可塑的変容による痛み」と説明されています。

可塑性とは、変化したものが変化した状態を維持する性質を指します。神経系で痛みがあれば、その状態を維持するという性質です。これを「痛み脳」と説明したのは、医師であり、慢性の痛みの当事者であるインタビュイーでした。

このように脳の可塑性によって痛みを放置すると慢性化することが示唆されています。通常、体が傷ついたときに放出される化学物質で痛みのシステムが作動し、傷が治るとオフになるはずが、慢性の痛みでは、痛みの原因となる刺激がないのに、脳は痛みを感じ続けてしまい(痛みの中枢への感作)、さらなる痛み刺激への反応に敏感になると考えられています。脊髄損傷後の慢性疼痛を体験している女性の夫は、火災報知器の故障に例えて、痛む現状を説明していました。

2018年7月公開

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